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宮城県女川町を調査 住民参加の復興計画づくり、公務公共サービスを担う人たちの使命感に感激

2011年05月14日

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 12日、宮城県女川町を訪ねました。参院総務委員会の委員派遣です。東京発午前7時の新幹線に乗り、仙台からはバスで女川町へ。片道5時間あまりかけての日帰り調査でした。写真は、途中、立ち寄った石巻市の日より山公園にて。背景に見える市街は津波で更地のようになっています。

photo 石巻市の門脇小学校。津波火災で校舎が黒く焦げていました。

photo 石巻市立病院。多くの人の命を守りました。

photo 牡鹿半島を横切るように東へ進み女川町に入りました。女川町は南三陸特有のリアス式海岸に面した町。太平洋に開いた入り江のいちばん奥に、役場など町の中心部があります。

photo 津波は入り江に入ると一気にスピードを増します。鉄筋コンクリートの建物も小さいものはひっくり返っていました。すさまじい破壊力です。高さもすごい。3階建ての建物の屋上に車が乗っかっていました。

photo 標高16メートルの高台にある女川町立病院。この病院の1階まで水没しました。津波の高さは20メートルに達したことになります。

photo NTT女川ビル。海岸のすぐそばに立つ2階建てのビルは津波にすっぽり飲み込まれました。屋上に、流されてきた家屋が引っかかっていました。

 ヘルメットをかぶりNTTビルの中へ。1階はがれきに埋め尽くされています。

photo 津波対策として2階に設置した機械も水没。NTTのみなさんは、ビルの片付けや復旧は後回しにして、利用不可となった固定電話回線や携帯電話基地局の復旧に全力を挙げました。奮闘のおかげで4月中旬には東北地方全体でほぼ回復。1本の電話がいかに多くの人たちによって支えられているか、あらためてありがたいと感じました。

photo 女川町の安住宣孝町長と懇談。役所機能を移転している女川町立第2小学校にて。

 女川町は人口1万人。東日本大震災によって死者466名、行方不明者690名、全壊3021棟の被害をこうむりました。町長自身、庁舎の屋上に避難し命拾いされたそうです。

 津波によって防波堤は全部破壊され、地盤は1・2メートル沈下したとのこと。これからの街づくりをどうするかは大変悩ましいことだと思います。町長は、漁民が浜辺に住むかどうかは漁民自身に議論してもらう、浜ごとに土着性や文化があるので議論するためのプレハブを浜ごとに建てる、といいます。徹底した住民の意向尊重に感心しました。

 「一方的にこうしなさいというのは長い目で見るとマイナス」とか「自治体によってやり方が違って当たり前」という言葉は名言だと思います。

 水産加工工場など生産基盤も破壊され借金だけが残りました。町長は、「一番大事なことは仕事に就くこと。二重債務で立ち上がれといっても無理」と支援を要請。二重債務解消はどこでも大きな課題です。急いで知恵を出さなくてはなりません。

 女川町は東北電力女川原子力発電所の立地自治体でもあります。町長は「エネルギー産業に協力する姿勢は変わらない」といいます。私は、福島第一原発の事故を受けて、町民のなかにどういう声が出ているか、国や電力会社に要望したいことは何か質問。

 町長は、「(原発に)絶対イエスという人はいない。それを町民にどう理解してもらうか苦労してきた。『想定外』といわれるけれど安全を守れなかった。地震、津波への対応が後手後手になった。女川原発も14メートルの高台にあるが波は18メートルまで来た。したがって、(国と電力会社は)いろいろな事態に対応できるかどうか検証してもらいたい。そのうえで判断する」とのことでした。

 報道では「女川町長、原発運転再開容認」などとされましたが、そんな単純なことではない、苦悩は深いとよくわかりました。その苦悩を解決するのは国政の役割です。

photo 避難所になっている体育館では、「何もかもが不安」「仮設に速く入りたい」との声を聞きました。体育館横の陸上競技場には車両型の郵便局が設置されていました。郵便の窓口業務や、通帳・証書や印鑑をなくした被災者の貯金などの非常取り扱いを行っています。

 女川郵便局の局舎は水没し使えなくなりました。しかし、即座に郵便物を持ち出して高台に避難したため、手紙やはがきは1通も流されなかったとのこと。日頃の訓練の成果ですが、単なる物ではなく信書を扱うプロフェッショナルぶりに感激しました。

photo 低地にある女川町役場。3階まで津波に飲まれました。

photo 役場前で説明する安住町長。

photo 1階には住民票の入ったロッカーなどが散乱。若い職員の方たちがひとつひとつ手作業で整理していました。大変ですねと声をかけると、「個人情報なのでしっかり集めなければなりません」。何がいちばんの苦労ですかとたずねると、「いままで積み上げてきたものがすべてなくなったことです」とのことでした。

photo 女川消防署。3年前に新築された鉄筋コンクリート2階建てですが、海に面していたため大きな被害を受けました。署長以下3名が亡くなったと聞き、黙祷。

photo 漁港と市場。年間80〜100億円の水揚げがあります。市場は大屋根が津波にさらわれました。







 被災地・女川町を訪ねて、あらためて感じたことは、「上からの」復興計画の押し付けでは絶対にうまくいかないこと。“計画は住民合意で、実施は市町村と県と国が協力して、財政は国が責任をもって”という原則が大事です。

 もうひとつ、救援・復旧そして復興のために不眠不休で奮闘されている、役場職員、消防、NTT、郵政の職員のみなさんの姿があったことです。公務公共サービスを担う人々の使命感の高さを感じました。敬意を表しふさわしく評価することも政治の責任だと思います。

 お世話になったみなさんありがとうございました。
 

 

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