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近藤昌男さんとのお別れ

2011年05月29日

 私を導いてくれた青年運動時代からの先輩、近藤昌男さんが急逝されました。お通夜に参列。あすの告別式には国会質問のために出席することができないので、メッセージを託しました。

             ◆       ◆       ◆

 近藤昌男さんのご逝去にあたり謹んで哀悼の言葉を贈ります。

 私にとって近藤さんは特別の人です。1984年の夏ごろでしょうか、近藤さんは寝屋川市池田本町にあった大阪かわち市民生協の独身寮に、西森了一さんとともに私を訪ねてこられました。そのとき近藤さんは日本民主青年同盟北河内地区委員長で、専従活動家でした。ご自身が、青年運動を卒業し、日本共産党の常任活動家になるにあたって、私に民青同盟の専従を引き継いでほしいという要請でした。

 民青同盟生協班の班長しか経験したことのなかった私は、自信がなく、一度お断りしました。しかし近藤さんは諦めませんでした。しばらくしてもう一度、寮を訪ねてこられ、「山下君なら絶対大丈夫や」と私を励まし、当時私の一番の悩みであった恋愛・結婚問題についても、真剣に受け止め適切なアドバイスをしてくれました。

 自分を成長させることで、困難を乗り越える道を進もう――近藤さんの前で泣きながら決意したことをいまでもよく覚えています。当時近藤さんは31歳、私は24歳でした。

 生協を退職し、門真市松葉町にあった民青同盟北河内地区委員会の事務所で活動するようになった私を、近藤さんは「どう?元気にやってる?」とちょくちょく訪ねてくれました。「門真で一番安くて量が食べられるのはここやねん」と市役所の食堂を案内してくれたこともありました。なによりうれしかったのは、未熟な私が、民青同盟の地区委員長としてやっていけるように、すばらしい仲間たちを地区常任委員会のメンバーに説得してくれていたことです。いま振り返り、あらためて近藤さんのやさしさと責任感の強さを感じています。

 1992年、私が参議院比例代表候補になったときも、その後、大阪選挙区の候補になったときも、同じ大東市南津の辺町に住む近藤さんご夫妻は、小さかった子どもたちを預かってくれ、ご近所のみなさんと一緒にバーベキューで激励してくれるなど、もっとも身近で頼りになる存在として、家族ぐるみで支えてくださいました。

 いまの私があるのは、近藤さんの純粋で情熱的で親身な導きのおかげだといっても過言ではありません。突然のあまりに早すぎるお別れで、いただいたご恩を返すことができないままになってしまったことは残念でなりませんが、近藤さんから託されたバトンをしっかりと受け継ぎ、新しい日本をつくるために私たち仲間みんなでがんばります。

 本当にありがとうございました。どうか安らかにお眠りください。

 2011年5月30日 
 日本共産党参議院議員 山下よしき
 
 
 

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