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東電福島第一原発を視察してきました

2012年10月05日

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2日、東京電力福島第一原子力発電所の構内に入りました。参院東日本大震災復興特別委員会の視察です。事故から1年半、原発はいまどうなっているのか、周辺地域はどうなっているのか、自分の目で確かめることができました。

photo免震重要棟で防護服、マスク、空気清浄機、放射線測定器を装着し、小型バスで構内を回りました。

海側にある大きなタンクは津波の力で捻じ曲がり、タービン建屋の壁には乗用車がひっくり返って張り付いたままでした。外部電源用の送電線鉄塔は地震で崩れた土砂によって横倒しになっています。

地震・津波の破壊力の凄まじさとともに、原子力発電所という巨大で複雑な装置が、地震・津波では壊れない、安全だなどというのはまさしく「神話」だと実感しました。

★地震・津波で全電源喪失となり冷却システムが機能しなくなった1〜4号機の各原子炉。バスは4号機から順に回りました。

4号機は地震発生時、定期検査中で原子炉圧力容器内に燃料がありませんでした。しかし、バスを降りて見上げると原子炉建屋の上部は水素爆発(原因は未解明)で吹き飛んでいます。分厚いコンクリート壁の5階部分がなくなり、4階部分も大きな穴が開いて鉄筋がむき出しになっていました。

無残な姿をさらす4号機原子炉建屋の中には使用済み燃料プールがあり、いまも約1500本の燃料が貯蔵されています。それを取り出すために巨大な「クレーン付きカバー」を外から覆うようにしてつくる工事の基礎部分が進行中でした。

5人ほどの作業員が防護服姿で難工事に当たっていましたが、このあたりの放射線量は毎時80マイクロシーベルト。被曝が心配です。

再びバスに乗って隣の3号機へ。同じく水素爆発を起こした3号機の付近が最も放射線量が高い。原子炉建屋からタービン建屋を挟んで約200メートル離れた道路上のバス内でも毎時1・5ミリシーベルトの数値が報告されました。単位が違うほど高い!

どうして3号機の線量が高いのか?同行した東電安定化センターの小森氏に説明を求めると、観測では原子炉圧力容器内の燃料は溶けて落ちているだろう、圧力容器底部から外側の格納容器に漏れているかもしれない、さらに燃料の一部は格納容器から建屋内に漏れ出し、それが水素爆発で飛散したかもしれない、との説明がありました。

ひとたび全電源喪失となり冷却システムが機能しなくなるとあっという間に「何重もの防護壁」が突き破られ放射性物質が外部に漏れてしまう――原発の安全性のもろさが事実で証明されたということです。

バスは足早に3号機横を通り過ぎ、2号機、1号機と回りました。事故を起こした原発を間近に眺めながら、このなかで起こったこと、起こっていることが、いまだにふるさとに帰ることができない16万人もの住民、生産・操業・出荷することができない農業者・漁業者の“苦しみの源泉”なのだと心に刻みました。

昨年末の政府による「事故収束」宣言が、いかに現実とかけ離れたウソだったかということもしっかり記憶しておきたいと思います。

★広い構内には青色のタンクがたくさん並んでいました。汚染水貯蔵タンクです。

いまだ熱を出し続けている燃料を冷やすために原子炉に冷却水を注いでいるのですが、圧力容器も格納容器も損傷しているため、注水した水は原子炉建屋地下に流れ出し、高濃度汚染水となっています。

その汚染水をくみ上げて、放射性物質を除去して再利用し、使い切れない分はタンクに貯蔵しておく計画だったのですが、建屋地下室に地下水が流入し、汚染水が増え続ける事態となっています。現在、地下水のバイパス工事を行っているとのことでした。

原子炉を冷やすための注水ポンプも見ることができましたが、トラックの荷台に数台並んだとても小さなもので驚きました。隣のトラックに載っているのが非常用ポンプ(いまも非常時だと思いますが)だそうです。

いずれにしても、現在、原子炉の冷却システムは応急対策でかろうじて維持されているのであって、政府のいう「冷温停止状態」とはきわめて不安定なものだと感じました。

★ご存じのとおり、福島第一原発は廃炉に向けた過程にあります。しかし、政府の中長期ロードマップでも廃炉の完了まで30〜40年かかる長い道のりです。

先に述べた汚染水を管理しながら原子炉を冷却する課題、壊れた原子炉建屋上部にある使用済み燃料プールからを燃料を取り出し保管する課題、そして原子炉内で溶け落ちた燃料を取り出し処分する課題など、世界的に見ても経験のない新たな研究開発を要する課題がたくさんあります。

いずれも高い放射線(2号機で今年3月、格納容器に穴をあけて内視鏡で線量を調べたところ毎時約7万3000ミリシーベルトもありました。人が6分で死亡する値です)にさらされる中での困難な作業となります。作業用ロボットはまだ開発段階です。

気になったのは、構内で勤務している東電社員の妙な明るさです。廃炉への工程を着実に進めようと懸命なのでしょうが、「こちらが取り外された格納容器の蓋でございます」と明るい声で言われると違和感を覚えます。

明るい声で言うことではないでしょう。飯舘村で代々受け継がれてきた農地を福島第一原発から出た放射能で汚染され、身体を震わせながら悔し涙をながす後継青年の姿とあまりにもギャップがあります。

大勢の人々に筆舌に尽くしがたい苦しみを与え続けているのは自分たちなんだという自覚、胸の痛みがあるのだろうかと疑ってしまいます。

構内の視察を終え、免震重要棟から出るとき、見送ってくれた東電福島第一原発の高橋所長に声をかけました。「どうか被災者の苦しみを胸に刻んでがんばってください」。

★ところで、福島第一原発には、20キロ離れた場所にある「Jヴィレッジ」から大型バスで向かい、そして戻ってきました。「Jヴィレッジ」はもともとJリーグの練習場だったのですが、原発事故後、対策にあたる東電社員の宿舎用プレハブ仮設住宅がびっしりと建てられました。そこに住む東電社員は1000人。

また「Jヴィレッジ」は、構内で働く協力会社の作業員が、行きと帰りにホールボディカウンターを受験する場所にもなっています。その数1日約3000人。

マイクロバスで「Jヴィレッジ」に帰ってくる作業員は全員、窓や座席にもたれかかるようにして眠っています。よほど過酷な作業なのでしょう。その多くは若者でした。こういう人たちによって危険な現場作業が担われていることを忘れてはなりません。

photoちなみに、私が装着していた線量計の値は0・045ミリシーベルトでした。わずか1時間程度構内を回っただけでこの値。構内で働くみなさんの安全確保は本当に大事です。




★最後に、「Jヴィレッジ」から福島第一原発の間で見た光景は異様でした。20キロ圏内の楢葉町は避難指示解除準備区域になりましたが、より原発に近い富岡町、大熊町は警戒区域のままです。

photoバスが走った国道6号線の両側には田んぼが広がっています。しかし、見渡す限り背の高い雑草(セイタカアワダチソウ)が生い茂っていました。楢葉町の一枚の田んぼだけ試験的に稲が植えられていて、小さな緑のカーペットのように見えました。原発事故さえなければ一面が緑のじゅうたんだったはずです。

富岡町に入ると交差点の信号は黄色の点滅状態。人が誰も住んでいないからです。ガソリンスタンドは地震で崩れたコンクリートがそのままの状態で放置され、ドコモショップのウインドウは雑草で覆い隠されていました。

そんな光景がバスがノンストップで走る30分余りずっと続くのです。原発事故は、とてつもなく広い地域を、人が住めず、作物を育てることができない地域に変えてしまうのだということを、まざまざと見せつけられた思いがしました。

★福島第一原発の構内と周辺地域で起こっている事態を直視するなら、私たちの社会と原発とはどうしたって共存することはできません。即時原発ゼロ、被害者全面賠償・支援めざし、心してがんばりたいと思います。


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